月の詩
小さな頃は月が大好きだった。
怖い夢を見て、眠れなかった時、必ず外へ出て月を眺めていた。
月はあたしを優しく包んでいてくれる気がしたからとても安心していた。
優しい詩を唄っていてくれている気がしたから。
遅刻だ。完璧に、まごうことなき遅刻だ。
全部、あの夢のせいだ。
小さな女の子が、タンクの中でもがいているあの夢。
調べるしかない。あの女の子の魂を助けなきゃ。タンクの中から出してあげなきゃ。
だって、あたしが見る夢は、全て本当にあることなんだから。
「おっはよぉ。はーちゃん。どしたの、今日は。また夢でも見た?」
顔は笑って元気づけようとしてくれてるが、ホントはすっごい心配してくれてる。
加賀 葵はあたしの大親友。あたしの秘密を唯一知ってる子。
そして、あたしは宮地 華。高校2年生。
ちょっとだけ勉強が苦手で、スポーツはまあまあできるどこにでもいる普通の高校生。
でも、一つだけ、普通の高校生と違うところがある。
それは、あたしは超能力者だってこと。
あたしが自分の力に気づいたのは6歳の時だった。
両親は、もっと前から気がついていたみたいだったけど。
6歳の夜、あたしは夢を見た。
男の人が、どこかを恨めしそうに睨んでいた。
その視線の先には、若い女の人。携帯電話を持って楽しそうに喋っていた。
男の人は女の人に近づいていく。
それに気づいた女の人は、悲鳴を上げて逃げようとした。
男は刃物を取り出して、女の人に向かって突き刺そうとした。
夢はそこで終わった。
とても、恐ろしくて、泣きながら目を覚ました。
冷や汗をびっしりとかいていて、布団もびしょびしょだった。
その次の日、ニュースで女の人の死体が見つかった報道をしていた。
気になって、じっと見ていると、女の人の顔写真が画面いっぱいに写った。
夢の女の人だった。
怖くて怖くて、お母さんにしがみついた。
お母さんは何も言わずに、ただ黙ってあたしの背中をなでてくれた。
その報道があった日、あたしは両親に夢のことをうち明けた。
父も母も、あたしの力には前から気づいていたみたいで、特に驚くことはなかった。
驚いたのは、あたしの方だった。
両親は、あたしの話しを聞いたあと、神妙な顔でこう言った。
『お前の能力はそれだけじゃない』
あたしの、能力はまだ他にもあるのか。
6歳のあたしは、びっくりしすぎて、ひっくり返ってそのまま熱を出して寝込んでしまった。
現在、自分自身が知っている限りでは、あたしの能力は『夢を見ること』。
それから、あの日、両親に教えてもらった『魂のかけらが見える』『物を破壊する』。
そして、あたしが成長していくにつれて明らかになってきた『人の心が読める』。
夢を見るのはよくあるし、たいていはしょうもないこと。
いわゆる、正夢程度の軽い夢を見ることの方が多い。
ただ、その軽い夢でも、全く知らない他人のことが見えるのには困ったもんだと思う。
そして、たまに怖い夢も見る。犯罪、殺人の夢を見ることもあるのだ。
それから、『魂のかけらが見える』。要するに、幽霊のようなものが見えるのだ。
それでも、言葉を交わすことはできない。ただ、見えるだけ。
恨めしそうにこちらを見ている幽霊に出くわすと、ものすごい吐き気が襲ってくる。
やっかいなのは、『物を破壊する』力と、『人の心が読める』。
物を破壊してしまうのは、感情が高ぶった時。
小さな頃は、怒ったり、泣いたり、大いに喜んだ時にまで物を壊していたらしい。
今はなんとかコントロールができるようにはなったが、まだ不安定だ。
高1の時は、葵がいじめられてるって知った時には色んなとこを壊してしまった。
そして、『人の心が読める』。これがあたしにとって一番面倒な力。
あたしが望まなくても、人の心が見えてしまうこともある。
でも、それはいつもではない。条件はいまだによくわからないのだが、突然聞こえるのだ。
ただ、心の声が聞こえてしまう前には、必ず耐えられないほどの頭痛がくる。
それが、前触れなのだ。
しかし、あまりにひどい頭痛だからその場を離れたくても離れられない。
見たくもない、人の心の中が見えてしまう。
だから、あたしは少しだけ、人と距離を置くようにしてる。
人の心の中はいつでも、綺麗なことを考えてるわけじゃない。
本当に嫌な部分を勝手に見てしまうなんて失礼だ。
葵とも、ホントは距離を置こうとした。
でも、そんなこと言ったらものすっごい怒られた。
『はーちゃんは、私の汚い部分見たら嫌いになるのっ!?』
ってすごい剣幕で怒鳴られた。
『私だって人間だからねっ。そりゃ、はーちゃんのこととかだっていっつもいっつも
いい風に思ってるわけじゃないよっ。コノヤローって思うときだってあるよっ。
でも、そんなの見たからって、私はーちゃんと別れる気はないからねっ。』
別れるって…。恋人同士じゃないんだからさぁ、って思ったけど。
でも、葵が言ってくれたこと、嬉しかったから、あたしはまだ葵と一緒にいる。
たまに、葵の心の中が見えたりするけど、そういう時も葵は笑ってる。
『私らの間には隠し事なんてないねぃっ』
とか言ってあたしを元気づけてくれる。
だから、葵はあたしの大切な親友。葵を裏切ることなんて、絶対にない。
あたしは、幸せ者なんだ。葵もいて、お母さんもいて。
それで、あたしはちょっと人よりも違った特技みたいなもんを持ってるだけ。
あたしは世界一の幸せ者だと思ってる。
それで、お父さんが死んだりしなかったら、あたしは宇宙一の幸せ者だったな。
ちょっと、贅沢な望みかもしんないけどね。
「じゃあさ、はーちゃんはその女の子の沈んでるタンクを探すんだ?」
お昼休み、貸し切り状態の屋上で葵と二人で昼食を取ってる。
あたしは、見た夢のことは全部葵に話してる。
いつからかはわかんないけど、そういう習慣になっていた。
「うん。そう。だって、あの子かわいそうだし」
お母さんが作ってくれたお弁当をゆっくり食べる。
夢、見たせいか食欲がわかないんだよね。
「うんうん。そこがはーちゃんの偉いとこよねっ。私ならほっといちゃうなぁ」
「嘘つけ。葵なら絶対あたしなんかより必死になるよ」
葵は優しい子だから。
神様は葵みたいな子にこんな能力を授けなくて正解だったと思うよ。
あたしみたいな適当人間じゃなきゃ、こんな能力のせいで身を滅ぼしちゃうもんね。
葵なんか、特にそう。優しすぎる人にこの能力は辛すぎる。
葵を見てると、この能力持ってるのがあたしみたいな人間でよかったって思うよ。
「で?はーちゃん。今回も、私の協力は不要かなっ?」
あたしの顔をのぞき込むようにして葵が問う。
顔は笑ってるけど、その目は心配に色でいっぱい。わかりやすすぎ。
「うん。ありがと。一人で大丈夫」
そういうと、葵は不満そうに引き下がった。
葵はあたしが夢のことで動こうとするときには、必ず協力を申し出てくれる。
でも、あたしは一回も葵に手伝ってもらったことはない。
危なすぎるから。さっきも言ったけど、葵は優しすぎる。
体験談から言わせてもらうと、やっかいな夢の場合危険度が恐ろしく高い。
しかも、結末を知っても後味の悪いものばかり。
あたしも、何度か危ない目に遭って病院送りにされたし。
そんなところに、葵を連れて行けるわけがない。この子は絶対に後々引きずるから。
でも、葵はそれが不満らしい。あたし一人が危ない目に遭ってるのが嫌だそうだ。
「はーちゃんはさ、いっつも一人で背負っちゃうよね。ちょっとくらい協力させてくれたって…」
食堂で買ったパンをちまちま頬張りながら、ぶつぶつと文句を言う。
「葵、気持ちは嬉しいけどね…」
「わかってまぁーすっ。危ないんでしょ?」
ちょっとむくれたように言って、それからふっと頬を緩めた。
「はーちゃんは、私のこと優しいって言うけど、はーちゃんのほうが優しいよ」
何を言うのだ、この子はっ。
あたしのどこが優しいんだろう。
人と距離を取ろうとするが故に、冷たくなり、冷徹で有名な宮地 華さんだよ?
全く、言ってることの意味がいまいちわからない。
あたしが優しいなら、どんな悪人も優しくなるだろう。
「ぜんっぜん、優しくないよ。とにかく、危ないから、協力とかはホントに…」
「なぁーにが危ないんスかぁ〜?」
一瞬、思考回路が停止した。
葵も同じだったようで、かなり引きつった表情を浮かべて固まっている。
あたしと、葵以外にはここには誰もいないと思ってた。
まずい。会話が聞かれていたとしたら、なんてごまかせばいいのだろう。
そんなことを考えていると、物陰からひょっこりと背の低い男の子が出てきた。
前髪に軽く銀のメッシュを入れた髪。見事に着崩した制服。
2−C 相嶋 響。その整った容姿から同級生からお姉さま方まで、入学当時から大人気。
本人も敵意がなけりゃ、愛想もいい。
誰にでも、優しいから男子からも女子からも慕われている。
いつも、何かの中心。ついでに言えば、ちょっと軽いイメージもなくはない。
あたしとは、真反対の男。羨ましくないと言ったら嘘になるけど、真似しようとは思わない。
けど、今そんなことはどうでもいい。
聞かれたかもしれない。まずい。やばい。明日は学校中で噂になるかもしれない。
この男が喋るとたちまち全校に広まるだろう。呆れるほど友達多いから。
「えぇーっと。2−Dの加賀さんと、宮地さんッスよね?」
笑顔で尋ねられて、一拍置いてから、あたしはこくこくと首を縦に振った。
葵もやっとのことで一つ頷いた。
「お二人さん、なんか危ないことでもやるんスか?」
ちょっと探るような物言い。でも、会話を全部聞かれたのではないのかもしれない。
あたしは、慎重に、でも冷淡に答えた。
「だったら何?」
「いやぁ。俺、風紀委員だから。ガッコで危ないことすんのは止めんとなぁって」
できるだけ冷たく言ったつもりだったけど、堪えた様子もなく笑みを崩さない。
っていうか、さらっと嘘つくな。風紀委員はあたしもだ。C組の風紀委員は鎌田君だったぞ。
「別に。危ないことなんかしない。寝ぼけてたんじゃないの?」
とりあえず、しらばっくれることにしてみた。
「あ、バレた?俺、実はそこの陰でずっと寝てたんスよー」
「あ、そう」
冷たく返して、立ち上がると、葵も慌てて立ち上がる。
「じゃあ。お昼寝の邪魔して悪かったね」
「いいえぇ。じゃ、またぁ〜」
相嶋 響は陽気に返して、手をひらひらと振った。
それには返さずに、さっさと屋上から出ていく。
心臓がばくばくいってる。
ばれてないといいんだけど。ホントに寝ぼけてただけって思ってくれたかな。
「はーちゃん、はーちゃん。大丈夫?」
葵があたしのブレザーの裾を引っ張ってあたし以上に青い顔で言う。
「うん。平気だよ。噂になったとしても、ほっといたらすぐほとぼりも冷めるよ」
「うん…。そうだよね…。大丈夫だよね…」
それでも心配そうに俯く葵の肩を軽く叩く。
「葵が落ち込んでてどーすんの。あたしは、大丈夫だから。ね?」
こういうとき、他の誰かが自分より動揺していてくれるとなんとなく落ち着いてくる。
ホントはパニック状態に陥りそうな時でも、別の人がパニック状態だと逆に落ち着いてしまう。
自分が、落ち着かせる側に回れるから。
葵のおかげでなんとなく落ち着きを取り戻しつつ、階段の上を見やる。
相嶋 響が下りてくる気配はない。また、昼寝でもしてるのかもしれない。
とにかく、噂にならないことを祈ろう。
そして、タンクの女の子も探さなければ。
あたしは、葵に気づかれないように小さくため息をもらした。
「ふぅん。あの子が華ちゃんかぁ」
屋上で、相嶋 響が一人で喋っている。
「かわいいじゃないッスか。…そんな怒んなよぉ。
・・・・まぁ、そういうなら協力するけどね。でも、俺そんなに役に立たないッスよ。
うん。まぁ、いいけど。惚れた女を守るのが男の使命ッスからねぇ。
・・・・・うわっ。やめろっ。じょ、じょーだん!じょーだんだって!
え?いや、そんなことないッスよ。一目惚れしたのはホントッス。
うわ!どっちなんだよ、もぉー。めんどくさい奴だなぁ。
ん?あぁ、はいはい。ちゃんとやりますって。華ちゃんのことは言いふらしたりしませんって。
え?明日から?明日からくっついてまわるんスか?りょーかい。
あ、ついでに口説きも忘れませんから。
・・・・・・うわっ。うわ!す、すんませんって!」
周りには、誰もいない。
はいっ。どーもです。今回は超能力物でございます。
そして、相変わらずの駄文でございます。もう、こればっかりはどうしようもございません。
ちなみに、これはあたしの夢からできたお話なのでございます。
夢でですね、あたし、空飛んでたんですよ。なんてメルヘンチックな夢…。
それで、なんかこれ思いついちまったわけでございまして…。
これは、わりとほのぼのと書いていけれたらなぁと思ってマス。